HOME > 平成10年度定期総会議事録 > 1.「遺伝子操作動物と動物実験施設の将来」

1.「動物実験施設等における遺伝子操作動物飼育管理の現状と問題点」


東北大学医学部附属動物実験施設
笠井憲雪



 近年の医学生物学研究における遺伝子操作動物(以下、TG動物)の急激な増加は、それらの飼育管理を行う動物実験施設にさまざまな問題を惹起した。
 そのひとつは、決定的な飼育スペースの不足である。また、TG動物の大学間、研究所間で授受の増大により、各施設間での微生物汚染レベルの違いが問題になっており、さらには「組換えDNA実験指針」の解釈についても混乱を生じている。加えて研究者の要求によるTG動物の作製・保存の技術の提供が施設に出来るか否かも悩みとなっている。以上の問題について、国立大学動物実験施設協議会(以下、国動協)会員校の現状と対応策を考えてみたい。なお、表1には遺伝子操作動物をめぐる最近の動きをまとめてみたので、参照されたい。

表1 最近の遺伝子操作動物をめぐる動き



平成3年1月31日 「大学等における組換えDNA実験指針」全面改正
平成6年6月21日 「大学等における組換えDNA実験指針」一部改正
平成9年2~3月 国動協、TG動物の増加の状況とその対応策について会員校にアンケート調査
平成9年6月30日 国立大学医学部長会議が文部大臣小杉隆氏に緊急要望書を提出「動物実験施設の強化・拡充について」および「大学等における組換えDNA実験指針にかかる動物実験施設の拡充について」
平成9年7月10日 学術審議会学術情報資料分科会学術資料部会報告「遺伝子操作動物の保存と供給及び開発について(報告)」
平成9年10月 国動協、文部省学術国際局学術情報課長宛に要望書を提出「遺伝子操作動物を用いた研究の進展に伴う動物実験施設の拡充について(要望)」
平成9年11月 「国立大学等動物実験施設教職員高度技術研修」による胚操作技術研修の実施(熊本大学)
平成10年4月30日 「大学等における組換えDNA実験指針」再改正
平成10年4月 熊本大学動物資源開発研究センターおよび東京大学医科学研究所ヒト疾患モデル研究センター設置
平成10年11月 「国立大学等動物実験施設教職員高度技術研修」による胚操作技術研修の実施(予定)(東北大学)

(1)TG動物の急速な増加による飼育スペースの不足
国動協では平成9年2~3月にTG動物の増加の状況とその対応策について各会員校にアンケート調査を行った。その結果、最近5年間でTG動物数はマウス・ラット合わせて約6800匹から78000匹と11倍以上、系統数(導入遺伝子数)も41系統から約1000系統へと14倍に増加している(図1)。そしてTG動物を用いた研究数も55件から555件へと10倍以上の増加である。このため動物の飼育スペースが決定的に不足を来している現状が明らかになった。そこで国動協として平成9年 10月に文部省学術国際局学術情報課林一夫課長宛に「遺伝子操作動物を用いた研究の進展に伴う動物実験施設の拡充について(要望)」という要望書を出した。

 一方、全国的にもいくつかの動きがあった。平成9年6月30日には国立大学医学部長会議が文部大臣小杉隆氏に対し、「動物実験施設の強化・拡充について「大学等における組換えDNA実験指針」にかかる動物実験施設の拡充について」という緊急要望書が出され、平成9年7月10日には学術審議会学術情報資料分科会学術資料部会から「遺伝子操作動物の保存と供給及び開発について(報告)」が出された。そこには遺伝子操作動物の重要性とその保存・供給等の必要性、さらには諸外国の状況や研究開発、教育訓練のための施設の必要性が述べられている。
今後、各施設での努力とともに上記の要望書等が効果を発揮して、現在の状況を改善するための具体的施策が行われることを期待している。

(2)TG動物授受の増加による微生物ステータスの混乱
TG動物を用いた研究が盛んになるにつれて、大学や研究所間での動物の分与が盛んになり(図2)、それにより授受施設間での微生物汚染のレベルの違いが問題化してきた。つまり、供与施設の微生物汚染レベルが低いと受領施設では動物を受け取る事が出来なくなるものである。このため国動協では微生物モニタリングの標準化のための検査基準作りを行った。これは国動協だけの問題に留まらず、公私動協参加校や他の研究所においても問題になることであり、国内外で広く議論すべきであろう。今回の国動協の検査基準を一つのたたき台として全国的な基準を作製するよう、関係諸氏にお願いしたい。

(3)組換えDNA実験指針の改訂
「大学等における組換えDNA実験指針」は平成3年1月31日付けで全面改正が行われ、さらに平成6年6月21日付けで一部改正が行われた。そしてこの度、平成10年4月30日付けで再改正が行われた。TG動物については全体的に管理が緩くなる方向に改正されてる。
すでに周知されているように、今回は附属資料12(動物個体を用いる組換えDNA実験)について、大幅な改正が行われた。すなわち、ヒトに感染すると重得な疾病をおこすと思われる病原微生物の感染受容性を付与する実験については、大臣承認実験と位置付けられた。一方、ノックアウトマウスやPエレメントを用いて作製した遺伝子破壊ショウジョウバエなど、ヒトへの有害性を持たない遺伝子の導入により作製された動物についてはその管理方法が緩和され、これらの動物の研究者間の供与についても新たに機関承認の手続きが不要になった。さらに、TG動物のうち文部大臣により認定された系統動物について、従来はその飼育と供与を一般の実験動物として取り扱えるとのことであったが、感染実験動物の系統など種々の条件下で飼育する必要なものもあり、今回の改正では認定された個々の系統毎にその飼育条件等を指定することとされた。
以上の改正は、一層、動物施設の責任においてTG動物などを飼育管理する事を求めている。

(4)TG動物の作製・保存の技術の不足
先のアンケート調査によると、増大するTG動物を使用した研究の増大に呼応して、施設の専任教官はそれらの支援としてTG動物の作成技術や受精卵の凍結保存を行いたいとの希望があるが、それらの技術の習得や実施設備の整備に困難さがあると感じている。
一方、平成9年7月10日の学術審議会学術情報資料分科会学術資料部会からの報告にそう形で、平成10年度に熊本大学動物資源開発研究センターおよび東京大学医科学研究所ヒト疾患モデル研究センターが設置された。これはTG動物に関してその作製、保存、教育および研究の全国的なセンターとなりうる施設として、期待を集めている。また、国動協の教育・研修方法検討小委員会が、平成9年度および10年度に「国立大学等教職員高度技術研修」において実験動物胚操作の研修を企画した。本年度は来る11月に東北大学医学部附属動物実験施設で文部省と動施設の主催で行われる。
今年から公私動協からの参加も行われることになり、実験小動物発生工学技術が全国の関係大学に広く広がることが期待される。また、これにより全国各大学の動物実験施設が上記の新研究センターとの連携により、強力な研究支援が行われることが期待される。

(5)国動協では「TG動物取り扱いに関するマニュアル」を作製しているが、現在はその改訂を考えている。今後公私動協とも連絡を取り合いながら全国の大学に有用なマニュアルを完成させたい。
TG動物の取り扱いに関しては国動協や公私動協の枠を越えて協議しなければならないことが山積している。今後とも国動協と公私動協が密接な連絡を取りながら、種々の問題に対処して行くことが求められている。